2004.07.27

山川出版 詳説世界史 その10

おおおーーー、いよいよ、最終章まで来てしまいました。足掛け5ヶ月。。。長い道のり。

  第18章 現在の日本
        1 冷戦の解消と国際関係の変化
        2 世界経済の変容と南北問題
        3 社会主義圏の解体と地域の再編
        4 20世紀の文化

で、思ったことは、以下。

① 1971年以後
ワイが生まれたんが、1971年。教科書によると、この年より後でも、いろんな事件があったなぁと。わずか30年ちょっとやけど、当時はベトナム戦争もやってたしオイルショックもそーやし、沖縄返還とか、イラン・イラク戦争とか、それこそ、ソ連の崩壊、ドイツの統一、EC通貨統合などなど。それぞれ、オンタイムにニュースとかで見てたりしてたけど、当時は幼くて、その背景がよーわからへんかったこともあって、「ふーん。」っちゅー感じやった。でも、今思うと、凄いことが起こっててんなぁって。今までの30年でも、こんだけ変化があってんから、これからの30年とかどないなんねん?!これは、政治もそうやけど、文化とか技術とか、さらには、ライフスタイルとか、この30年以上の変化がこれからの30年にあるんやろーなぁ。。。

② 主役
あくまで教科書の中での話やけど、WW2以降、世界史の主役の座から、欧州が消えていった。ってーか、減っていった。代わりに出てきたんが、アメリカとソ連やね。最近になって、ソ連が消えて、欧州が盛り返してきて、日本が入ってきた感じか。教科書の中で出てくるイメージがこれやけど、実際にはどーなんやろ。例えば、人口とか金とか。ま、イメージやと、そのへんが多いんやろーなぁ。次の主役は?イスラム?欧州復権?中国か?

③ 収奪
国連の効果か、メディアの成長か、明白な収奪がWW2以降減ってきた。もっと言うと無くなってきた感じやね。今回のイラクの侵攻も、収奪といえば、そーいう面はあるやろけど、列強帝国主義時代のような明白なものにはならないやろーし、っちゅーか、でけへんやろーし。しかし、世の中、収奪無しで成り立つんかな?人によっては、ビジネスなり経済が、収奪の代替になってるっちゅー人もおる。結局はそーなんかなぁ?ま、手をボロボロにしながら、毎日朝から晩まで腰曲げて働いてる農家の人より、定時に帰って適当に仕事流してるサラリーマンの方が収入多かったりするのも、ある意味収奪か。システム経由で見えにくくなってるだけっちゅーことで。

④ 20世紀の文化
教科書の中に、20世紀の文化っちゅータイトルのリストがあってんけど、そこに、ビートルズは入ってなかった。文面に、「大衆文化の成立」みたいな単語はあったけど、そのリストに「ビートルズ」は無かった。これって、問題ないんか?他の芸術作品と何が違うんやろ?

⑤ 近未来
どーなるんやろ?こーなるべきとか、こーなるとか、今の指導者と呼ばれる人らぁで、明確なイメージをもってる人って誰やろ?別に政治だけでなくても、宗教でもビジネスでも芸術でも教育でも分野はなんでもええんやけど。さらに思うと、そういうのをイメージできる人って、イメージでけへん人と、何が違うんやろ?情報に基づいた想像力かなぁ。生まれ持った才能っちゅーもんか?過去、日本でこーいう能力があった人って、誰やろ?聖徳太子、徳川家康、織田信長、坂本竜馬、山本五十六、吉田茂、とか?
でも、今、思ったけど、どうなるか想像するんやなくて、こーなったらええなぁ、ってのをイメージして、その方法論を考えるのが正しい姿なんかも。前に、100年前の新聞で、100年後にはどういう道具がこの世にあるか、って特集があって、そのコピーが出てて、その殆どが今はあるものばっかり。これって、100年間の技術の進歩が云々って感じで書いてあったけど、その逆も言えて、そのイメージが大切やんやとおもった。イメージがあって、ほんまにええもんやったら、100年もあったら、それを実現する力が人間にはあるっちゅーか。
そうすると、例えば、今の日本の政治家で、こうなるべきというイメージを持ってて、そのための方法論が確立してて、そのシナリオが頭に出来てて、とかいう人は誰なんやろ?石原慎太郎とか?小泉純一郎もそーなんかなぁ。川渕キャプテンとか、それあるやろなぁ。シナリオの部分は走りながら書いてる部分あるやろけど。教育とか、メディアとかの業界はどうやろ?

ということで、また。

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2004.07.18

山川出版 詳説世界史 その9

掲題の件、ついに戦後までやってきた。今日までに読んだのは、

   第17章 戦後世界と東西対立
         1 戦後世界の出発
         2 東西対立と冷戦
         3 第三世界の自立と東西ブロック内の動揺
         4 米ソ超大国の動揺

ってところまで。で、思ったことは、以下。

①国際連合 中国の常任理事国
そーいえば、中国は常任理事国ということを忘れてた。しかし、何で、中国は入ってるんだろ?米・英・仏・ソはわかりやすいけど、中国が?二次大戦初期では、中国は列強各国にあんだけ侵略されてたorされかかってたのに。。。中国ががんばった?ソ連の後押し?日本敗戦の影響?米・英の意向?

②社会主義・共産主義・資本主義・民主主義
今更ながら、国家における社会主義・共産主義・資本主義・民主主義の定義を知りたい。資本主義って、国家というより経済っぽいから、ちょい外れる?基本的に個人の私的所有がどこまで認められるかって点が違うだけ?みんなの物か、個人の物か。

③中国とソ連
国家の形態とか理念として、ソ連の社会主義と中国の共産主義(?or 社会主義?)の違いが知りたい。ってーか、違い自体があるの?あるなら、どーいう経緯・背景で、その違いが生まれたのだろーか。ってーか、中国って、唯我独尊的で、マルクスの影響とか受けなさそうなイメージあるから、中国の共産主義って中国or毛沢東のオリジナルか?

④朝鮮戦争と国連
教科書によると、「国際連合は安全保障理事会をひらき、共和国軍の行動を侵略と断定し、それをうけてアメリカ軍を主体とする国連軍が韓国軍の支援のため朝鮮に出動した。」とある。常任理事国のソ連は、国連をボイコットしていて拒否権を行使しなかったとある。これって、現実問題として、国連が機能してなかったってことでしょ。米ソがともに、戦争する口実を正当化するための認定機関になってしまってるって感じか。ソ連だって、ホントに戦争を回避したいなら、拒否権行使すりゃあいい話だし。仕組み的に、ボイコットして拒否権を行使しなかったら、それが通っちゃうってあたり、抜け道的でザ・政治っぽい。そもそも、拒否権って、何?何で、こんな権利がある?しかも、この5カ国だけに。あ、非常任理事国も拒否権あるんだっけか?昔、覚えさせられた気がするけど、ホント、忘れてる。。。

⑤冷戦
冷戦って、結局、何の戦いだったんだろーか。1900年代前半の列強帝国主義諸国の侵略戦争の延長か?戦後すぐの日本で、非常に屈辱的で可能ならば締結したくはなかったが、あの時、サンフランシスコ講和条約を締結していなければ、日本は共産化してしまう恐れがあって、それは何としても避けねばならなかったって、池田勇人だっけかな、誰かが言ってた。自分は冷戦下で小さいときを育ったから、漠然と共産主義って悪いもの、近寄らない方が良いもの、ってイメージが残ってるんだけど、なんで、戦後のあのとき、日本が共産化してはいけなかったんだろーか?ってーか、ときの為政者は、どう考えて日米講和条約を強引に締結してきたんだろうか?
結果的に、戦後の日本は、資本主義経済下における全体主義国家だったという人もいた(と思う。何かで読んだ。)
うーん、やっぱ金かねぇ。アメリカからすれば、為政者は従来の流れから来る資本主義の下で、冨を得て蓄えてきたわけで、その中で、自分の国が社会主義化したりしたら、それが根本から崩れるんだもんねぇ。ソ連が侵略してこなくても、国内で社会主義革命とか起きて成功しちゃったら、そりゃ困るか。これはわかる。でも、日本はなぁ、どうなんだろーか?時の為政者は、社会主義の限界というか、ソ連の崩壊というか、そーいうのを予測してたのかな?それとも、日本には馴染まないということが解ってたのかな?ま、戦後のアメリカの統治下で、社会主義革命とかおきたら、また大勢の人が死ぬから、それが嫌だったのかな?

⑥カストロ
そーいえば、カストロって、まだ生きてるんだっけ?会ってみたい。ってーか、こういったカリスマ系の人々って、誰でも会ってみたい。なぜなら、会ったことないから。自分の人生の中で、過去、誰かいたかな?前の会社のときの部門長はカリスマ性っちゅーのがあった気もするが、それは、会社という狭い組織の中で、しかも、カリスマ性を仰ぐ側として、選択肢が少ないこととと、精神的なよりどころを求めていたからってのもあるだろーから、いまいち、本物さにかけるっちゅーか。大学クラスの体育会のキャプテンくらいになると、そーいうのが見えるのだろうか?やっぱ、会うと後光が射してるのが見えたりするんだろーか。瞬間で心酔したりして。興味あるね。

⑦核の抑止力
米ソが均衡してた頃は、核を両者が保有することで、微妙なバランスの上ではあるけど、そこに一応の安定が出ることは想像できるし、実際そーだった。で、その対抗者であるソ連が欠けた今、ま、それでも米が、核を材料に、周りの国を脅したり、侵略したりしてるかっていうとそーでもない。ちょい前の帝国主義的な感じだと、ほかの列強がいないんだから、米のやりたい放題という気もするが、そんなことは、少なくとも、表立ってはしてない。裏は知らん。これって、なんだろか?やり方が、帝国主義時代と変わって、裏というか表に出ない形で米は我侭放題してんのかな?グローバルスタンダードとかいいながらさ。それとも、国連なり、他の中小核保有国の抑止力がそこにあるのか?もしくは、米の良心?良心というか、やりすぎると、やられた方が自虐的に暴発して、そーなると何やかんやでコストが発生するからバランスを取っているのか?
ってーか、沈黙の艦隊みたくなったりしないのかな?海江田四郎現れてくれ。米国なり国連なりでなく、沈黙の艦隊でないといけない理由は意識できてないけど。なんとなく、そっちの方がいい気がする。

⑧帝国主義との対決を重視する中国
教科書によると、「ソ連の平和共存政策と対米接近は、帝国主義との対決を重視する中国との対立をもたらした。」とある。なんで、中国は帝国主義との対決を重視してたんだろーか?1900年代前半の列強による侵略のトラウマ?恨み?戦後は、別に中国にどっかの国が侵略してたってのはないよね。強いて言えば、香港とマカオか。それとも、信念としての、労働者対資本家みたいなもの?労働者の国代表中国が、資本家の国代表の帝国主義を成敗してくれるーみたいな。

⑨ここ50年の中国
ま、近年、中国がホットなのもあって、中国の現代史は興味あり。教科書によると、ソ連との対立や、国際社会での孤立、国内の混乱とかで、大変だったよーな感あり。とりわけ、国内での混乱って何だったんだろーか。しかも、何億人も人がいて、そこにある混乱って、ただの混乱ではないよね。それとも、ただの権力争いだったのかな。それに一般人が、金とか理想とかで踊らされたみたいな。流れ的には、そーなんだろーなぁ。共通の敵である列強帝国主義と面とむかって戦っていたときは、中共合作とかいってがんばったけど、それが無くなると、元と一緒で、次の権力争いが始まるっちゅーやつか。4000年の歴史でも、そーいうところは繰り返すのか。そろそろ、それを超えてみーっちゅーねん。

⑩EECとEFTA
教科書によると、「イギリスはEECに参加せず、1960年EFTAを結成してこれに対抗した。」とある。何で、イギリスはEECに参加しないで、しかも、対抗までしたの?ま、利害が対立したからだろーけど。流れ的には、EECはフランス主導で、EFTAはイギリスってことか。EECはドイツもかな?まだ、戦後から復活してない?そーいう意味では、帝国主義のころの列強の対立の延長か?手段が変わっただけで。

⑪ベトナム戦争
何で、アメリカはベトナム戦争したんだろっか?朝鮮戦争と同じか。防共って奴?ってーか、それがアメリカの利益に繋がるっちゅーのがいまいちクリアーでない。⑤で書いたようなことかな?それとも、軍事産業の陰謀的なもの?

⑫社会主義国
社会主義国が、こぞって、停滞・改革の遅れ、崩壊してった、理由ってなんなんだろーか?あんだけの人が信じて行動してたんだから、理念としては可能性があったんだろーと思うんだけど、それがダメになったってのは、やっぱやり方が悪かったんだと思ってて、俺の想像的には、情報の非対称性かなっと。とすると、今後、ITとメディアが進歩すれば、再挑戦する可能性はあるのかなっと。再挑戦というか、世界がそーなっていくって感じだろーけど。

ということで、また。

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2004.06.24

山川出版 詳説世界史 その8

8回目まできた掲題の件、今日までに読んだのは、

   第16章 二つの世界大戦
         1 第一次世界大戦とロシア革命
         2 ヴェルサイユ体制下の欧米
         3 アジアの情勢
         4 ファシズムの台頭
         5 第2次世界大戦

で、降って湧いてきた疑問は、次の通り。

①レーニン・トロツキー
今でこそ、社会主義は崩壊してしまったけど、レーニンなりトロツキーの唱えるというか、概念としてのというか、理想的な社会主義というか、それって、素晴らしいものだったのではないかと騙されつつある。理由は、本人達の指導力もさることながら、世界中で大勢の人達がそこに夢を求めていたという事実。日本の赤軍とかもその周辺にいるわけだし。一度、かじってみたい。

②帝国主義指導者の求めていた物
2つの大戦前後の時代、帝国主義が全盛だったころ、その指導者達ってのは、何を求めていたの?個人的な富や安全?自国の指導者層というか、権力者層というか、そういった人々の富?自国全体の富?自国を問わず、帝国主義諸国の富?少なくとも、搾取されてしまう側の幸せを願っていたとは思えない。搾取される側は幸せだった?それとも、時代として、搾取しないと自分たちが生きていけないという闘いの時代だったのかな?(今も、そーなのかもしれないけど。)「奪う」という概念に対する捉え方って、地域とか世代とかで違うのかもしれないと思う。騎馬民族とか奪うなんて当然だろーし。社会というか、自分ら、っていう括りに対する考え方の違いというか。本質的には無くならない概念ではあるのかも。今の日本でも、パッとみて一目でわかるような明らかな暴力に拠る収奪は無いけれど、目に見えにくい収奪の構造は残ってそうだし。機会的なものを含めれば、もっとありそうだし。例えば、小泉首相とかって、どうなんだろう?何を求めているんだろうか?収奪について、どう思ってるんだろう?一億数千万人の国民が飢え死にしそーになったら、食物を求めて、戦争を起こすんだろうか?

③搾取という事への抵抗
②にも関係するけど、搾取への抵抗感って、この頃はどんなもんだったのかな?今の自分とかって、教育のお陰or教育のせいで、結構な抵抗がある。もちろん、直接的な部分について。間接的なのには、あまり抵抗感はない。目に見えにくいってのもあるし、皆、認めている構造の中での事だからというのもあるかも。となると、世が世なら、自分も、恐喝的な搾取にも抵抗無かったのかも。究極的に、人が10人いて、食物が3人分しかなかったら、やっぱ戦うしかないと思うし。種の保存という点で、男が10人いて、女が3人でも、戦うんだろうと思う。男3人で女10人なら、女同士も戦うの?

④第1次世界大戦の結果、ドイツの権益を戦勝国で分配
「この結果、中国などアジア・アフリカ諸国が失望した」、とある。期待があったから失望があったのか。中国などアジア・アフリカ諸国からすれば、暴れん坊ドイツが侵略してきたのを、その侵略はオカシイといって正義の味方的に出てきた連合国が、蓋を開ければ、ドイツと一緒じゃん、みたいな感じだろうか。その期待って、どんなん?アジア・アフリカの文化圏だから抱ける期待かな?それとも、非力な者が強力な者に攻められたとき、その力に対抗できる力の持ち主が、それっぽい事を言って助けてくれるときは、誰でも持つ感情?人を信じることに対する考え方の地域による違いというか、そーいうのってあるの?

⑤委任統治って何?

⑥ルール地方を占領
「ヴェルサイユ体制のもとで、フランスとベルギーは、ドイツが賠償支払を履行しないことを理由に、1923年ルール地方を占領した」とある。で、この文の「ルール地方を占領」という部分が太字になってた。これって、何か重要なの?

⑦1925年ロカルノ条約
「第1次世界大戦後の混乱がおさまると、各国間に国際協調の機運が高まり、1925年ロカルノ条約でドイツと西欧諸国間で国境の現状維持、相互保障がまとまり、翌26年ドイツは国際連盟に加入した。」とある。で、この「各国間に国際協調の機運が高まり」って何?きっと、「戦争は大勢人が死んで哀しい。この悲しみを繰り返したくない。」とかいう言い方があって、政治的にも、そういうキャンペーンがあった?それとも、飢饉でもあったのかな?もしくは、ロシアの脅威?各国内で赤旋風でも吹いた?

⑧ワシントン体制
ワシントン体制下での各国の海軍力比って、米英につぐ三位の規模、米英5に対して日本は3もあった。仏・伊は1.67と日本のほぼ半分。明治維新から、わずか50年足らずで、仏伊を抜く規模の海軍力を持つになってる。戦後50年も凄かったけど、明治維新からの50年も日本の伸びというか発展というか、それって脅威的なものだったらしい。これって、なんでだろうか?ドイツもそうだけど、日本には、何か特別な理由がある?他の国になくて、日本とドイツにあるものって。

⑨アメリカ合衆国の繁栄
第1次世界大戦で、アメリカは儲かったわけで、その延長で、「この時期に、フォード車に代表される自動車の大衆化、家庭電化製品やラジオ・映画の普及などにささえられて現代大衆文化が成立した」とある。では、前現代大衆文化ってどんなんだったんだろうか?前現代大衆文化と現代大衆文化の違いって?単純に年代?うーん、年代の違いというより、結果的にその内容がどう違ってたのか、知りたい感じか。そして、その理由も。そもそも、前現代に大衆文化ってあったんだろうか?前現代がいつかも、よくわからんけど。タイムマシンに乗ってみるしかない?大衆文化成立の必要要素って一定の要素があるよね。とも思ったけど、文化の定義によっては、逆か。大衆から発するものもあるか。

⑩禁酒法
これって、何で?なんで、酒呑んじゃいけなかった?ん?作っちゃいけないんだっけか?

⑪米大統領ウィルソン
パリ講和会議の基礎になった原則は、ウィルソンが大戦中に発表した十四か条であったとな。ウィルソンがこれを発表したその心は何?アメリカの国際社会での地位向上?やはり、万人受けする夢が必要であることをこの頃からアメリカは認識してた?ってーか、ウィルソンって何者?アメリカとか歴代の大統領の出自とその後って、調べてる人いると思うけど、面白そうかも。結構、血縁とか濃かったりしてさ。日本の政治家とかもそうかも。企業トップとかも。そーいう文献とかありそーだけどね。

⑫ヴェルサイユ講和条約
で、新生ドイツは、陸軍を10万人以下とされたそうな。10万人ってどんくらいなんだろうか。その時のフランスとかロシアの陸軍の規模は?日本とか米英は?今との比較だとどうだろ?総人口比的には?ってーか、何で10万人かね?五万人でもなく、20万人でもなく、10万人の根拠って?

⑬国際連盟
日本って、常任理事国だったらしい。凄い。今、常任理事国になるーとか言って、早何年?当時、常任理事国になるために頑張った人とかいるんだろーか?是非、話聞きたい。とりわけ裏話。金とかも動いたんだろうし。深慮遠謀もあったんだろうし。逆に、もしかしたら、常任理事国にさせられてたって面もあったのか?

⑭ソ連の発展
世界恐慌中の各国工業生産の推移(国際連盟)という表が乗ってて、これによると、米英独仏伊がこぞって生産量が落ちてる。29年を100として、米なんかは、32年に54まで落ちてるのに、ソ連は、1929年を100として、30年131、31年161、32年183、33年198、34年238、35年293だって。日本も落ち込みは小さくて、最小で31年の92、35年には142まできてる。この数字が単純に、ソ連の発展を示せるかどうかは微妙なれど、すくなくとも、工業生産量が増えていたことは確か。
ここで疑問が2つ。ソ連のこの数字の背景は?とりあえず、作るだけつくったけど、生産量が増えてる分は、実は不稼動資産だったとか、そんなマイナスな背景はない?もしくは、世界恐慌を尻目に、ホントに計画経済がうまく回っていた?はたまた、世界経済に汲み込まれていなかったから、恐慌にも捲き込まれなかっただけ?もう1つは日本。疑問内容は、ソ連と一緒。

⑮王兆銘
日中戦争時に、東亜新秩序の中で、南京にたてた親日政権のトップの王兆銘という人、この人は何者?どういう繋がり・経緯で、このポジションに居たんだろーか?さらには、こういう民族自決とかいう流れの中で、帝国主義側の政権のトップにたつ人物って、どーいう事考えていたのかな?単純に脅されてとか、自分の富のためとか?帝国主義陣営につくことで、その国がよくなるようなビジョンがあったとかで、そのシナリオみたいなの知りたし。

⑯日本の全体主義体制下での帝国主義
後進帝国主義国として、ガンガン頑張って結果を出してた、日本とドイツって、なんで似てるんだろーか?先進帝国主義国へ追いつけ追い越せっていうあの時代に、方法論として、全体主義的な帝国主義で突っ走るしかなかったってことか?そーいう意味では、日本とドイツの指導者は、既存の枠組みの中で、ベストの選択をしていたということか?あ、日本って、ドイツの真似したって話聞いた気がする。旧憲法とか。そうすると、ドイツがベストの選択をしてて、それを日本は真似たってことか。真似るという意味ではベストの選択を日本はした?とすると、日本って、自分たちで、世界的な新しい枠組みを提唱できた・したことって過去が無いってことか。。。事実ならちょっと寂しい。

⑰東亜新秩序
石原莞爾の最終戦争論(だっけ?)で最初に提唱されたんだっけか?東亜新秩序とか大東亜共栄圏の、理想的な・本来的な絵って知りたい。それが、どのように、戦争に利用されてしまったのか。もしくは、理想の状態なんて、なかった?最初から、日本の侵略のための絵だった?

⑱民族自決
この考えって、まぁ、世界史上、前からあるっちゃーあるけど、なんだろうか?とりわけ、最近、なんか、民族自決が正しい方向って感じで報道というか聞こえてくる気がする。なんで、民族自決なんだろーか。なんで、民族自決が正しいのか。自分のことは自分で決めるってのはわかるんだけど、その自分の括りが、民族というのが疑問点。「最近、なんか、民族自決が正しい方向って感じで報道というか聞こえてくる気がする」というあたりが、我ながら、教育というかマスコミに洗脳されている証拠な感あり。一番良いのは、どの国に属するか、というのに、個人の選択肢があることな気もする。うーん、国を選ぶことだけではないか。国っていうのが、そろそろ古い概念かも。ホントに必要?まだ、国というシステムがあった方が便利とは思うけど、世界史の教科書を一通り読んで、国ってどんどん大きくなってきてて、そろそろ、世界で一つの国みたくなっても良い頃じゃないかとも思う。きっと、そーなるんだろー。まさに沈黙の艦隊の世界。

⑲世界大戦時の人口比
前から疑問点に出てくる数字。世界大戦時の、各国の人口とか、軍隊の人数とか、そーいうの気になる。

⑳アメリカのシナリオ
中国での権益だとか、ドイツへの宣戦布告だとか、いろんな事情から、アメリカは日本が太平洋戦争を起こすように仕組んでいた話は聞いたことがあるけど、教科書を読んでると、二つの大戦で、一番得したのは、アメリカな気がして、そー思うと、太平洋戦争だけでなく、1次大戦も2次大戦(欧州)も、アメリカがシナリオを書いて、裏で糸引きまくってたんじゃないかと疑ってしまう。周りの状況的に、アメリカに有利な部分も多々あるのだけど、きっと、誰かシナリオ考えていた奴がアメリカにはいたと思う。もしかしたら、思いたいのかも。テヘラン会談とかヤルタ会談とかの頃のアメリカは、戦後のことを考えていた、というか、戦後のシナリオを持っていた=準備し終えていたわけだし。一方で、日本でそこまで考えていた人っていないのかな?江戸末期だと、竜馬とかは明治維新後を見てたように思う。船中八策だっけか?そのあと、例えば、今とか。政治家よりは、官僚とかなのか。後の世の中へのシナリオを見れる人って、どーいう人だろうか?教育?才能?情報?想像力・構想力?会えるものなら、会ってみたい。

21 欧州の没落
二つの大戦で、結局、世界の覇権が、英・仏といった国から、米・ソに移ったわけで、英・仏が落ちていった理由ってなんだろうか。準備のしよーはなかった?ま、覇権は移るもんと言えば、そうかもしれん。とすると、というかソ連は今落ちて行ったとして、米から覇権が無くなる時が来る?来るなら、いつ?誰が米にとって代わる?そこにあるアメリカの危機感(があるかどうか自体も知らんが)は?対策は?知りたいねぇ。もしや、それが、イラク攻撃?

うーん、我ながら、長かった。。。

ということで、また。

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2004.06.17

山川出版 詳説世界史 その7

掲題のテーマについて7回目。

今日までに読んだのは、

   第14章 ヨーロッパ諸国のアジア進出
         1 オスマン帝国支配の動揺とアラブの覚醒
         2 南アジア・東南アジアの植民地化
         3 東アジアの激動

   第15章 帝国主義の成立とアジアの民族運動
         1 帝国主義の成立と列強の国情
         2 アフリカ・太平洋諸地域の分割
         3 アジア諸国の変革と民族運動

ってあたり。で、思ったことは、以下。

①イギリスの東インド会社軍
何じゃい、東インド会社軍とは?そもそも、会社の軍とは?イギリスのインド支配において、最後に進出してきたフランスと南インドで闘いイギリス東インド会社軍が勝ったとある。しかも、その後、ベンガル地方は東インド会社領となったとある。会社の領土?イギリス軍とイギリス東インド会社軍の違いは何???
さらに、今度は、イギリスの国内での産業資本家による反対から、東インド会社は、インド貿易において、1833年に商業活動自体が全面禁止とある。東インド会社は、商社でしょ?それが商業活動禁止?だけども、東インド会社が潰れたとはなっていない。その後はどうやって儲けてたの?ってーか、東インド会社って、今で言う株式会社みたいなもん?(違うっぽいけど。)大体、東インド会社という名前が紛らわしい。。。
で、その後、1857年に東インド会社のインド人傭兵(シパーヒー)が反乱を起こした、とある。ということは、東インド会社軍というのは、金で雇った傭兵部隊?イギリス人の兵卒はいなかったのか。ま、将校というか指揮官はイギリス人だったんだろうけど。ということは、東インド会社軍というのは、地方政権に金を捲くことで結びついて、兵隊として貧乏人らを雇ってフランスとベンガル太守の連合軍と戦ったのかね?

②定義
ここらで、いろんな言葉が出てくるのだけど、その定義というか、何が違うのかが、さっぱりわからん。植民地・半植民地・直轄領・保護国・被征服国・自治領、それぞれ何のこっちゃ?教科書にはツラツラと、こーいった単語がサラッと書いてあるけど、この当時、国際法とかで、自治領とか植民地とか保護国とか、そーいった言葉の定義が明確だったのかな?もちろん、国際法っつっても、列強各国のルールの中だけでだろうけど。それとも、統治の形態を後年の歴史学者なりが分析して、勝手に言葉を使い分けているだけだろうか?

③タイとエチオピア・リベリアの独立が維持されたorできた理由は?
リベリアは、解放された黒人奴隷をアメリカ植民協会が入植させて、1847年に独立させた共和国である、とある。知らんかった。が、アメリカ植民協会って何?解放された黒人奴隷ってあるから、人道に基づくっぽく感じるけど、実は奴隷のアメリカ大陸向け積み出し拠点として、アメリカが欲しかったってこと?うーん、理由はわからんが、アメリカの政治というか、中国に対する門戸開放政策的な匂いを感じる。他の列強がこれを認めた理由は?リベリアの辺りって、鉱物資源がなくて、資源が人(黒人労働力)だけだったから、とか?
一方、タイとエチオピアはなぜ?列強からすれば、いつでも攻めて植民地化できたけど、列強同士の干渉国としてそのままにしておいたって話を聞いたことがある気がする。でも、エチオピアはイタリアを退けてるし、全くもって弱っちかったというわけでもなさそう。あとは、主要な資源と市場がないから、植民地化するメリットが少ない場所で、プラス列強同士で緩衝国としておいておこーみたくなったって感じなのだろうか?

④列強の兵隊って?
東インド会社のところで傭兵がでてくるけど、アフリカとかアジアとか、ま、オセアニアとか、ヨーロッパから兵隊来たのかな?それとも、傭兵がメイン?あと、武器とかどうだったんだろうか?日本の黒船来航時みたく、絶対的な違いがあったんだろうとは思うけど。でないと、どう考えても、人数では被植民地の方が多いだろうから、武器に絶対的な違いが無いと征服できないよね。中国の元とかもそうだったけど、少ない人数で、大勢+広範囲を支配する方法論ってどんなんだろう?「植民地の作り方」みたいなマニュアルあったんだろーね。大学とか行くと、「植民地経営学」みたいなのがあったりしてさ。ちろっと、読んでみたいかも。

⑤ドイツの脅威とは?
1904年に英仏協商を結んだとある。イギリスの縦断政策とフランスの横断政策で衝突したけど、両国ともドイツの脅威に対抗するため、フランスの譲歩によって解決したっと。ドイツの脅威って何?ドイツのアフリカでの植民地って、カメルーンのあたりとタンザニアのあたりだけでそんなに多くないし。近代化自体も遅れていたはず。でも、脅威とあるからには、この頃には、ビスマルクとかいたし、いっぱしの工業国になって、イギリス・フランスと並ぶくらいの国力を持つようになってきてたってことか。
かといって、ドイツとフランスとかドイツとイギリスが結んでもよかったのでは?なぜ、イギリスとフランスが?ドイツって何か嫌われる理由でもあったのだろうか?単純に既に持つ国と、後進の勢いのある国という区切りだけ?

⑥列強国内はバブル?
この当時の列強各国の国内の経済はどうだったんだろうか?こんだけ植民地を持って、不平等な交易をやりまくってたら、日本のバブル景気みたくお祭り状態だったのだろうか?

⑦搾取と被搾取
前にも思ったけど、無いものは有るところから取ってきてしまえ、って考え方、凄い。つい100年前まで、皆、やってたんだ。世の中、いつの時代も取られる側と取る側がいる。今でもそーか。100年前に確立できたこの植民地の影響で、当時の列強国は今でも裕福だもんね。凄いよ。(それだけが理由ではないだろうけど、この頃の植民地の影響は少なからずあると思う。)今でも、鉄砲がお金にかわって、表向きには人道とか言いながら、実際には、搾取と被搾取が続いてる気がする。例えば、今、世界中で取れる食物を、60億人とかで平等に分けたら、一人あたりどんくらいの量になるんだろうか?全員栄養失調になるくらいしかないのかな?それとも、全員栄養失調にならず健康に暮らしていけるだけの生産力が地球にはあるのかな?もちろん、働かない奴が食うなとか、食いたいものを食いたいだけ食うべしとか、そういう細かい事は関係無しでさ。別に全国のGNP計を全人口で割ってもいいんだけど、どんくらいだろ?この1人平均のGNPとか食糧が食っていけないレベルとしたら、確かに闘うしかないか。。。辛いのう。

⑧日露戦争→民族意識の高揚
日露戦争での日本の勝利は欧米列強の支配下にあった諸民族を刺激し、彼らの民族的自覚を高めた、とある。ということは、列強支配下の国々にとって、日本は列強に未だ支配されていないけど、列強に支配されている国々と同レベルの国と思われてた、という事か。さらには、列強支配下の国々では、列強の支配に諦めムードがあったけど、自分らと同じようなレベルの日本がロシアに勝ったなら、自分らだってできるのではないか、ってことか。日本海開戦でロシア艦隊を日本が破ったときに、それを祝って、当時ロシアに支配されていたフィンランド(だっけ?)で東郷ビールができたという話を聞いたことはある。これも似たような話っちゃー話だよね。なのに、日本はこのあとも、列強の真似をしてしまったのが、まずかったということか。この段階で、列強帝国主義とは異なる、民族主義的な考えに基づいて動くことができれば、太平洋戦争の不幸(ということにしといて。)は無かったかもしれないし、世界をリードする国になれたかもしれんかったねぇ。といっても、日本は、資源なかったしなぁ。やっぱ、奪うしかなかったのかなぁ。ちゃんと、理想通りに大東亜共栄圏が作れれば良かったのかな?ってーか、理想の大東亜共栄圏ってその定義は?搾取でなくさ。たとえば、インドネシアの人が、日本がオランダをネシアから追い出してネシアの独立を支援してくれるなら、この石油、どうぞ使ってくださーい、みたく、上手くできればねぇ。。。たられば、だけど。

⑨中華思想と華僑
辛亥革命の話あたりで、中国国内では中国人の投資する紡績業などの発達を背景に民族資本家が成長し、外国資本の進出に対する利権回収運動を進めていた。一方、海外では、華僑や留学生を中心に、清朝を打倒して、漢民族の主権国家を作ろうという革命運動がさかんになっていた、っとある。自分的に馴染みが薄いから、余計に思うけど、中華思想ってそもそも何?この革命運動との話で思い出した感じなんだけど。あと、華僑の歴史ってのにも、興味あり。イメージだと、今現在、中華思想をちゃんと引き継いで生きているのは華僑かなっと、国内の中国人というよりは。なんか、現状スタンダードとされているアメリカ系ルールとは異なる自分たちのルールを絶対と思えてるのは,イスラムチームと華僑チームだと感じてて、この両方のルールとかルーツとかは知っておきたい。

例のごとく、いつまでも尽きない疑問の嵐。いつか、この疑問が晴れる日は来るのだろーか?

いよいよ、佳境。残すは、あと3章!

ということで、また。

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2004.06.02

山川出版 詳説世界史 その6

いよいよ6回目となった掲題のテーマ、今回は、

   第13章 自由主義と国民主義
         1 自由のための戦い
         2 自由主義・国民主義の進展
         3 アメリカ合衆国の発展
         4 19世紀のヨーロッパ文化

といったあたり。思ったことは、以下。わずか一章だけだけど、結構あった。

①搾取する側と搾取される側は不変
世の中には、必ず搾取する側ってのと、搾取されてる側ってのがあるって事を改めて感じた。ま、搾取の定義にもよるけど、基本的には経済とか富とかいう点。もちろん、これが個人の幸せとは別物であるという前提はある。取ってても不幸な人はいたろうし、取られてても幸せな人はいたと思う。こういう比較って難しいだろうけど、取る側の人で、取られる側の人より不幸を感じて生き、そして死んでいった人もいたろうし、取られる側の人で、取る側の人より幸せを感じて生き、そして死んでいった人もいたと思う。
前提が長くなったけど、この19世紀あたりまで教科書を読んできて、社会的な層というかグループというか、搾取する側とされる側の存在はあきらかと思う。しかも、どの社会でも必ず存在したいた。で、もっと思うのが、この搾取する側と搾取される側の入れ替えが無い(or少ない)事。もちろん、ある社会で奴隷層だった○○族が支配層の××族を倒してってのはあったけど、基本的にこういった事例はマイナーで、とりわけ、中世から近代にかけてのヨーロッパとかって、国同士の戦いとかがメインで、別にどの国が勝っても、搾取される奴は搾取されてるみたいだし。自由主義とか社会主義とかの戦いとか出てくるけど、これも結局、搾取する層と搾取されてる層の全面的な入れ替わりでなく、タイトルと人が一部代わるだけで、全面的なものでない感じ。
別にそれが悪いとか良いとかではなくて、ま、言ってみれば、日本もそうっちゃーそうな気がした。明治維新とか2次大戦終戦で大きく社会が変わったっちゃー変わってるけど、それぞれの変化の前に取る側だった人の多くは、その後も取る側で、変化の前に取られる側だった人の多くは、その後も取られる側な感じするし。で、2つの疑問が発生。搾取する側と搾取される側って、社会に必要不可欠なものなのか?社会の仕組みとか概念とかが大きく変わった場合でも、その搾取層と被搾取層があんまり変わらない理由は何?後者は、人材のレベルであり、もっと言えば、それを構成する血とか教育とか情報なんだろうか?ん?そもそも、分けるのは、この2層だけでいいのかいね?

②共同体の拡大
例えば、ウィーン会議とか、四国・五国同盟とか、ギリシャ独立における干渉とか、ロンドン会議とか、こういう国際的といか国家間の交渉事の地理的な拡大を見ると、社会というか共同体というか、そういったものの地理的規模が拡大していってるのを感じた。その昔、狩猟してるころは、一緒に狩猟してるメンツでよく話しをしなきゃいけなかったろうし、してただろうし。(言語があったかどうかは別として。)それこそ、農耕が始まれば、それがますます拡大して。とりわけ欧州においては、19世紀頃になると、支配層が皆血縁とかもあったろうし、情報の流通拡大もあったろうし、そんなこんなで、個人の生活に影響を与える最大コミュニティーの範囲というか規模が大きくなってんだなっと。国家の成立とかもそうかもしれないし、この頃の国家間の交渉事とか、今の国連とか、最終的に個人の生活に影響を与える最大コミュニティーの拡大に伴って、その最大の輪が大きくなってって、今まであんまり必要なかったより大きなくくりのコミュニティーの形成が必要になってるって感じ。

③中南米の国の違い
この頃、中南米の国々も、ハイチを皮切りに独立してった。アメリカ独立からの流れとか、被搾取の被害者意識とか、そーいったもので独立してく流れはわかる。で、疑問は、例えば、シモン・ボリバルっちゅー人が、ベネズエラとコロンビアとボリビアの独立を指導したっと。ボリビアは地理的に離れてるけど、何で、コロンビアとベネズエラは一緒に、同じ国として、独立しなかったんだろうか?という点。何が違う?人種とかも言葉とかも宗教とかも、自分が知ってる範囲では、そんな違いが無い。ま、逆にいうと、コロンビアの中でも、海沿いとか、アマゾンとか、山の中で、気候とかも全然違うし、交通の便も悪くて、ある意味別の社会っぽい。つまり、もっと細かく分かれてもいい気もするし。なんで、あの区切りなんじゃろーか?

④マルクス経済学
これは、やっぱ読んどかないといかんかと思う。社会の仕組みとしてのマルクス経済自体への興味もあるけど、それ以上に、
   あの時点で、既存の社会システムとは異なるシステムを発想してた事
   その後、日本の学生運動を含め、実際に、それに夢をかけた大勢がいた事
あたりがその理由か。マルクス経済が、この世の理想とは思っていないんだけど、既存型のアメリカ主導の資本主義時代ってのは、早晩終わるだろうと思ってて、ポストアメリカ資本主義として、何が流れてくるのか?何が作られていくのか?を考えるときの発想として、過去の変化の過程を知る価値はあるかもと思ってる次第。

⑤教育って?
この頃の欧州の教育制度ってどんなだったんだろうか?それが作られたものでも、自然発生的なもんでもいいんだけど。「赤と黒」の世界だと教会を中心としてて、社会全体からすると非常に部分的な感じがした。日本だと、江戸時代の寺子屋から塾、明治の学校制か。文盲率とかも、時代とともに、どんな推移で向上してきたのかいね?また、その国やエリアによる違いって、どんなもの?その違いが生まれた要因はいかに?

⑥指導者の考え・理想・苦悩・本音
この頃になると、どんどん登場人物が増えてきてる。ま、記録とか文献とかが多く残ってるからだろうけど、それぞれに、本音として、何を求めて頑張ってたんだろうか?そして何に苦しんでいたのだろか?(こっちは人に依るかもしれんが)個人的な事(富とか女とか権力とか)という奴もいたろうし、親しい人達の生活のためという奴もいたろうし、万民のためという奴もいたと思う。この点には、前から興味があって、最初に思ったのは、明治維新の頃の人達。特
に、新しいものを作ろうとしてた人ら。坂本竜馬、木戸孝允、大久保利通とかか。特に坂本。少なくとも3人の中では、教育レベルが低そうというか、入手できる情報が最も少ない状況で育ってる(と自分では思ってる)。ま、江戸に行って、勝に会ったあたりからは、逆に日本で一番情報を入手してたかもしれんが。

⑦民族(パンスラブ主義とか)の対立とか旧教・新教の対立って、民族性とか宗教(教義)の問題?
  →もしくは、そこから生まれてくる経済の問題?
前から書いてるけど、これって、どうなんだろうか?経済的に問題が無くても、民族の対立とか宗教上の対立とかって、あるのかな?小さいのはそりゃあるだろうけど、革命とか戦争とか、そこまでのレベルってあった?

⑧パリ・コミューンって何を持って樹立?
1871年3月に民衆による革命的自治政府ができて、これをパリコミューンというそうな。わずか2ヶ月で鎮圧されたとあるけど、これって、何?2ヶ月って何してたんだろーか?政府というからには、政府の役割を担っていたんだろーなぁ。でも、政府の役割って何?外からみた場合の、その場所の話相手?

⑨テロリズムとニヒリズム
ニヒリズムって単語を初めてみた。ロシア皇帝アレクサンドル2世が暗殺されたところで、「絶望した人々のあいだには、テロリズムで政府を倒そうとする過激なニヒリズムの思想が広がり」とある。暴力の絶対的なというか人間の本質的な部分に宿るor残る魅力というか、そーいうものが、絶望というキッカケで表面化するのかな。どうせ、このまま生きてても、早々に貧乏なまま死ぬだけでしょ、みたくなったら、そーいうのも分かる気がする、というか想像できる。壊すのって楽しいし。昔、学園祭で、夜中に、看板壊しまくったときとか超気持ち良かったし。高校の運動会とかも、そうかも。年々ルールは増えてきてるけど、元々はルールほとんどなかったらしいし。実態として、殴る蹴るおおありだし。暴力の反対語って何?ってーか、絶望からの暴力って同情の余地がある気がする。希望のある暴力ってあるのか?もしくは、希望があるから暴力が無いのか?とか思うと絶望ってしたくないね。

⑩不凍港の獲得
ギリシアの独立時に、ロシアがイギリス・フランスとともに干渉したとある。なんでも、不凍港の獲得もその一つの目的だそうな。日本というか、不凍港でない街に住んでると、こういうのは凄く新鮮。もしうちの親が凍港に転勤だったら、年に何ヶ月か仕事休みだったのかいな?稚内とか網走とかさ。

⑪アメリカのインディアン人口vs白人人口
白人の移民当初100万人以上と推定されたインディアン人口は、1890年ころには25万人だってさ。100年くらいの間に、四分の一か。ホント殺されまくったんだろうね。インディアンも100万人も居て,、白人にやられたんだ。意外。闘うという流れには成らなかったのかな?それとも、闘ったけど、武器のレベルが違いすぎた?もしくは、白人に詐欺的にやられたのか。ま、逆に言うと何で交わらなかったんだろうか?南米とかだと黒人と白人か、白人とインディオ系とか交わってるのに。キリスト教上の制約?インディアン側の制約?

⑫奴隷制の戦いって?
奴隷制に反対していた白人たちって、その根拠というか動機は何だったんだろうか?

⑬民族の自覚って?
19世紀のヨーロッパ文化の項で、「フランス革命とそれに続く政治・社会の大きな変動が、自由への願望と民族の自覚をよびさますと、」とある。民族の自覚って何?定義というか意味することとは?ある民族がいて、その民族は他とは違う固有の民族だよ、ってことを意識するってことか?自我の目覚めの民族版か?(自我の目覚めもあんまりよくわかってないけど。他人の存在を認識できたことで、他と異なる自分の存在に気づくみたいなことやっけか。)

⑭芸術の経済的確立はいつ?はたまた、芸術の産むものって何?
時代が進むにつれて、芸術として人名が多くでてくるようになった。とりわけ、職業としての芸術家の存在が感じられる。芸術って、衣食住という原始的な生活要素には直接はなんら関知しないじゃん。だから、全体が(というか世の中がある程度)裕福にならないと、職業としての芸術家は、世に存在し得ないんだろーけど、いつ頃から芸術家にパトロンがついて、確立してったんだろうか。で、これは俺に芸術的素養が無いから余計に思うんだけど、なぜパトロンは芸術に投資というか消費したんだろうか?権力の誇示?純粋な芸術への傾倒?ってーか、芸術にはまるってどんなんだろうか?芸術が精神にもたらしてくれるものって?美女を見てるだけで幸せ、みたいな感じ?その音楽を聴いてるだけで幸せみたいな。これって、大昔はなかった感覚なのかな?それとも、当然、人類が生まれたときからあって、実は職業芸術家もいたけど、それが情報として残っていないだけか。最近では、スポーツとかもこれに入って来てるかも。

あー、教科書って、こんなに疑問を生んでくれるものだったのか。。。

ということで、また。

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2004.05.26

山川出版 詳説世界史 その5

依然として続いている掲題のテーマ、今日までに読んだのは、

  第11章 アジア諸国の繁栄
        1.中国文化圏の拡大
        2.中国の隣接地域の変遷
        3.トルコ世界とイラン世界
        4.ムガル帝国

  第12章 市民社会の成長
        1.アメリカ独立革命
        2.フランス革命とナポレオン
        3.産業革命

ってなあたり。

思ったことは、以下。

①モンゴル帝国の残党
今思うと、モンゴル帝国って、超凄かった気がしてきた。モンゴル帝国の分裂後のティムール朝@イラン、ムガル帝国@インド、とその流れが脈々と残ってる。大体、元々モンゴルなのに、ヨーロッパまで行ってるわけで、他にこの規模でユーラシアを席巻した勢力は無かった(と思う)。
で、疑問。農耕文化が既にある程度存在している場所に、遊牧騎馬民族が出て行ったとき、その土着の人々とはどうやって交わっていったのか?当然、言葉とか宗教の違いもあるだろーし、見てくれ(人種)の違いもあるわけで。統治つっても、土着の農耕民族が遊牧民族の体制と融合し得るものなのだろうか?この疑問は、ヨーロッパでも一緒といえば、一緒か。今の日本みたく、農家の人もいてサラリーマンの人もいるみたいな違い?国全体のシステムとしては、国民が考える事は、大勢として一緒ってな感じで。でも、この頃、例えば、土着の農耕民族から見れば、押し寄せてきた遊牧民族なんて、それこそ宗教が違うとか、生活習慣が違うとかあるわけで、完全にエイリアンな気もする。日本で言えば、明治後期から大正にかけて、工場労働者が大量に生産された頃に、農家の人からすれば工場労働者の生活様式とか考え方って、ある種エイリアンだったろうし、昭和になって、(今で言う)サラリーマンが大量に出現してきたときは、農家とか工場労働者からして、サラリーマンの生活様式ってエイリアンな部分あったろうし、それこそ今でも、都市と地方の生活様式とかライフスタイルの違いって相容れないものあるだろうし。でも、この遊牧民族が農耕民族をって、こーいった日本での違いとは異なるし、大きいかな、やっぱり。

②宗教の強制
「インドのデリー・スルタン朝は、住民にイスラム教を強制することなく」って出てきてて、逆に言うと、宗教を強制した支配者も過去大勢いたということ?で、思うのが、きっと、強制されたからと言って、皆がみんな、その宗教を心底信じたわけではないと思うのだけど、一部は、その強制がキッカケでその宗教に嵌っていった人も多数いたであろうということ。とすると、有る意味、人にとって、宗教ってやっぱり、どれでもいいのかも、っとも考える次第。もちろん、そんときは、その為政者がその宗教を強制してるわけだから、その宗教を素直に信仰していくことが、生活上のコストが一番小さいだろうし、細かい事を言わなければ宗教の内容なんてどれも一緒だとしたら、確かに、宗教ってどれを信じてもいいのかも。とすると、宗教を選ぶのって、ビデオデッキを買いにビックカメラいって、安売りキャンペーンの韓国製ビデオデッキを買うようなものか?他の国から来てて、ちょっと怪しいし、違う気もするけど、コスト小さいし、ちゃんと機能するし、みたいな感覚で。

③社会契約論と啓蒙主義
ちょっと、知りたい。この二つの詳しい意味というか内容。教科書じゃ、引合には出てくるけど、よーわからん。

④アメリカ独立
これって、ヨーロッパでの覇権争いというか、基本的な理解としては、その延長?黒人奴隷とか原住民に人権が無いようだし。白人の世界というか世の中の枠、つまり当時のヨーロッパの枠の中での、権力の取り合い、富の取り合いの結果みたいなもの?

⑤イギリスの産業革命と殖産興業
イギリスの産業革命頃の政治を見ると、日本の明治維新から昭和にかけての、殖産興業政策みたいなのが、良く似てる気がした。ま、当時の日本が無理から真似したってのがより正しい理解か。地租改正で税を現金で納めるようにして、現金で税を納められない没落農家をドンドン生産して、その没落農家からの賃労働者化を図って、工場労働者として大量の労働力を作りだし、その税金を一極集中で大資本とし、製鉄とかにドーンって投資してさ。怖いよねぇ、国が労働者を作る、みたいな考え方って。ドラスティックで凄いとは思うんだけど、人って国家にとっては歯車なのね、っていうか、怖い感じ。(うーん、この怖いという感覚は、何なんだろうか?国が労働者を生産すべく動くことを怖いと感じる背景には、やはり、自分の受けてきた教育の影響が大きいのかな?その教育がどんな教育なのか、その明確な自覚は無いけど。)

ということで、また。

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2004.05.13

山川出版 詳説世界史 その4

前回から今回までに読んだのは、

  第8章 東西文化の交流
       1 東西交易路
       2 東西文物の交流

  第9章 近代ヨーロッパの誕生
       1 ルネサンス
       2 ヨーロッパ世界の拡大
       3 宗教改革

  第10章 ヨーロッパ近代国家の形成
       1 絶対主義諸国家の盛衰
       2 イギリス立憲政治の発達
       3 ヨーロッパ列強の殖民生活
       4 17~18世紀のヨーロッパ文化

といったあたり。思った事としては、

① 昔の旅行
旅行という単語が正しいかどうかもわからんが、シルクロードなりを辿って、東西を行き来していた人達の行程というか旅行というか移動というか、それってどんなもんだったんだろうか?襲われるとかもあったろうし、通信手段とか無かった(正確には、非常に乏しかった、か)ろうし、言葉とかどうしてたんだろうか?地図は?そもそも、なんで、そんな移動をしたのだろうか?儲かったから?玄奘とかは宗教的興味?ロマンっちゅーやつを求めてか?ってーか、一貫した人の往来よりも、何ていうか、中継貿易的に、物・概念・情報がシルクロードの町々の間の交易を通して伝わってったてのが現実的かな。これなら想像しやすい。今でも、貨物船や通信が運ぶ物量・情報量って、移動する人の量よりも多いだろうし。(量を何で測るかって問題はあるけど。)

② 侵略系戦争
多すぎ。これに宗教とか民族とかも絡んできて、ややこしいし。現代っ子の俺としては、「戦争はいけないこと」という概念が理由の無い固定観念としてあるのだけど、その辺の認識はこの頃はどーだったんだろーか?一部、知識人の中には、その手の本もあったみたいだけど、例えば、王様とか、例えば、その辺の農民とか、戦争をどういった感じで捉えていたのかな?教科書を読んでいると、欧州に限って言えば、戦争に対する捉え方で、国による違いは無さげだけど。ってーか、この辺りまで来ると、各国の王族って、姫を嫁に貰うとか何とかで、結構親戚状態っぽい。とすると、少数の王家の見栄とか欲望のために、王様の暴力が怖くて、民衆が踊らされて戦争やらされてたって感じか?もっと言えば、第二次大戦時の日本みたく、死ぬ間際に「天皇陛下万歳!」っていいながら死んでいけるくらい洗脳が進んでいたの?(この「天皇陛下万歳!」ってのは、俺が洗脳されてるのかも。実際には、「お母さん!」っていいながら死んでいく奴が多かったって聞いた事あるな。)
エイリアン(見たこと・経験したことのないものでコミュニケーションの取れないもの)に対する恐怖ってのは、わかる気がする。良いとか悪いとかでなく、そーいうものは怖いだろーと思う。なので、例えば、黒人を見た事も聞いた事も無い状態で言葉の通じない黒人が目の前に現れたら、その恐怖の裏返しで、これを殺してしまうという事が起きることは有り得ると思うし、自分もその場にいたら、そーしかねないだろうと思う。が、が、が、この頃の欧州なんて、王様同士は親戚だし、民族的にも初めて見るとかってないし、そういうエイリアンで無い物と殺し合いができるって???殺し合いをしないと、逆に自分が王様に殺されるからでもないと、ちょっとねぇ。はたまた、ヤラレタからやり返す系の正当化か?うーん、何とも、現代っ子からすると、怖い世の中じゃ。現代っ子で良かった。いまどき、サッカーでも報復行為は反則なのに。。。

③ 植民地+奴隷制
何か、書いてて、精神的に、ドンドン暗くなってきた。②の延長か。現代っ子の自分からすると、この頃の欧州人、おかしい。しかも、そのやり方が、(おそらく当時の)スタンダードであった(ろう)事がおかしい。この後の世界史はまだ読んでないけど、言ってみれば、第二次大戦までは、もしかしたら今も、この延長?判りやすい略奪のための戦争ってのは二次大戦以来無いかもしれんけど。それとも逆かな。収奪(奴隷制も含む)が無いと成り立たないくらい貧乏な世の中だったのかな?今は世界的に裕福になって、その必要性が低くなって、収奪が表立って行われなくなってきたとか。はたまた、昔ってーか、近代頃って、生きる事に必死で、そーいった疑問に思う事なく、上流階級(曖昧だけど、ま、これで通じるでしょ)の言う通りだったとか。教育とかあんまり無い時代だったろうから、これも有り得るよなぁ。頭良くて、ちゃんと教育を受けてて、必要な情報を手に入れられた人間の数って、欧州だけで数千とか、もしかしたら数百とかかも知れないし。何か、まさに、生きることは闘うこと、って印象。

④ 宗教
国家の対立の理由とか、戦争の理由とかに大々的に宗教も絡んできた。ま、前からあったっちゃーあった。確かに、宗教が異なると、コミュニケーションが異なる可能性があるからエイリアンチックには見えると思うが、少なくとも見てくれは似たような人種だろうし、しかも、同じキリスト教だし。それに表面上の言葉は通じるだろうから、何も戦争までしなくてもって思うけど。この頃の宗教って何?その辺の農民って、やっぱ、神にすがりまくらないと生きていけないくらい貧乏だったのだろうか?産まれたときから、親も親戚も友達も信じてて、教育の機会もなかったろうから、単に疑問を持つことがなかったままに信じて、死んでいったのだろうか?宗教については、自分が、具体的な何とか教を何も信じていないからイメージがしにくいなぁ。でも、正確には、本当は何か信じているんだろうけど明確に系統だった何かではないし、信じていると意識してないからイメージしにくいって感じか。俺、何信じて生きているんだろうか?

⑤ 日本
時代の微妙なズレ(100年くらい?)はあるものの、欧州で戦争しまくってる頃、日本も戦争しまくってたっか。闘う相手としては、お互い合いマミエて無いけど。概念としては、収奪系戦争で同じか?(ん?違う?)これって、どっちかが
どっちかに輸入したのかな?それとも、人間の歴史として自然発生的に出てきたのかな?とすると、やっぱ、収奪無しに生きていけないくらい貧乏だったんだろうか?日本の室町時代後半から戦国時代って、どうっだっけか?俺の認識だと、戦争すればするほど、農地は荒れるし労働人口減るしで余計貧乏になるんだけどなぁ。とすると、賢い人達の権力争いに、何も知らない一般人が使われたのかな?

何か、まだまだ疑問は出てくるけど、どなたか、ご意見をば戴けますれば、幸甚でございます。

ということで、また。

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2004.05.02

山川出版 詳説世界史 その3

掲題の件、今回は、

 第6章 イスラム世界の形成と発展
   1 イスラム帝国の成立
   2 イスラム世界の発展
   3 インド・東南アジアのイスラム化
   4 イスラム文明の発展

 第7章 ヨーロッパ世界の形成と発展
   1 西ヨーロッパ世界の成立
   2 西ヨーロッパ封建社会の発展
   3 東ヨーロッパ世界
   4 十字軍と都市の発達
   5 西ヨーロッパ中央集権国家の成立
   6 西ヨーロッパの中世文化

ってあたりだす。

思ったことというか、疑問に感じた点は、

①そもそも宗教とは何?その定義は如何様なもの?
この項以前にもユダヤ教、キリスト教、仏教、ゾロアスター教などなど、掃いてすてる程宗教名が出てきてた。今回の項では、イスラム教が出現。そもそも、宗教って何じゃいな?その定義は?現代日本社会だと、宗教法人に認定されれば宗教?そもそも、なぜ、宗教って生まれたんだろ?なぜ、というよりも、どのように、というのが、より知りたい点か。誰かの意図みたいなのがあったのかいな?もしくは、社会的に必要で、有る意味自然発生的だったのか?教祖とされる人って?タイムマシンが出来たら、是非とも会いにいきたい。

②新興宗教
仏教が紀元前6世紀頃、キリスト教が紀元の頃、イスラム教が7世紀頃に成立したとの事。大体、6~700年周期で成立していることになる。この周期で行くと、14世紀頃にも世界三大宗教に匹敵するような新興宗教が生まれていたのだろーか。生まれなかったのだろーか?だとしたら、生まれなかったのはなぜ?

③宗教の違い
そもそも、それぞれの宗教の違いというか、教義の問題ではなく、なぜそれぞれの人はそれぞれの宗教を選んだ・信じたのだろうか?もしくは、選ばされた・信じさせられたのだろうか?東洋は米が主で、西洋はパンみたいな違い?気候とか、たまたまそこにあったからとか、政治の道具として使われてそのままとか。本質的に、それぞれの宗教って違うの?自分を戒め信じることで生きる指針とする、みたいなレベルでは一緒かね?二つの宗教信じてるのってあり?なんで無しなんだろ?1個あれば十分だからか?
なーんて気にし出したら、ちょっと、宗教については、別途、3日でわかる宗教史みたいなのを読んでみないといけない気がしてきた。文字が多いと眠くなるから、文字大きめ、絵大目の簡単な奴で。

④ゲルマン民族の大移動
なんでも、「4世紀後半にアジア系のフン人が黒海北方から西に移動し、南ロシアにいたゲルマンの一派の東ゴート族をしたがえ、さらに西ゴートにせまったので、西ゴート族は375年に南下を開始し、翌年ドナウ川をこえてローマ帝国内に侵入した。これがゲルマン民族の大移動の開始である。」とある。そもそも、なんで、フン人は移動し出したの?氷河期じゃないけど、周期的に来る長期的な寒波のせいで、内陸に住めなくなった?子作りが盛んで、生産量以上に人が増えて土地が足りなくなって食えなくなって移住してきた?しかも、その結果の玉突き人事みたいな不思議な現象。さらには、スペインとか北アフリカくらいまで影響が・・・。なんじゃー、土着の既存勢力の抵抗はなかったのか?あったんだろーねぇ、やっぱり。この玉突き大移動、玉突きが連続したという理解で良いのなら、大元の人種(?民族?)が一番強かったって事?一番最後に突かれた人達が一番弱かった?うーん、でも移動というから、戦いがあったというよりは、それとも、西の方から人が引っ越してきて、共存的な感じなのかな?

⑤各種建国・統治
って何をもって定義するんだろーか。国連はまだ無いし。ここ、俺の国ーって、言った者勝ちだったのかね。それに統治も、やっぱ暴力が基本かな?文句言う奴は、どうやって対抗して、統治を維持したんだろ?

⑥規模
毎回疑問になってるけど、規模ってどんくらいなんだろーか。ゲルマン民族の大移動とかって何人のゲルマン民族が、何人の住んでた西欧へ移動してきたんだろうか。100万人しかいない西欧へ200万人がそれなりの武器もって移住してきたら、確かに呑み込むだろーとは思う。イスラムだってそうだろーなぁ。スペインにまで勢力があった頃って、イベリア半島の人口構成ってどうだったんだろ?イスラム系(というのが正しいのかはしらんが)が多数だったのかな?少数のイスラム系が多数の土着というか西ゴート国人か、を支配してたの?人口的な規模知りたい。知るすべって何かあるの?受験用の世界史史料集とかにあるのかな?

⑦戦争というか諍いというか
〇〇国が××国を滅ぼしとか、多すぎ。闘う動機って、どんなんだったんだろー?第二次世界大戦ときと一緒かな。自分らがより良い国となるに必要な物が隣にあるから奪っちゃおー、みたいな。ヒドイ時には、それが、下等民族のあいつ等が持ってるものは上等民族の自分らが奪ってもOKみたいな。ってーか、民族というか領主の私利私欲かな。万民の幸せ的なことってあんまり考える人とかいなかったんだろーか?だとしたら、人間って怖い。。。今のアメリカのイラク戦争も、この流れなの?

⑧現在の宗教との違い
この頃の社会における宗教の位置というか、人心における捉えられ方と、現在社会における宗教の位置というか現代人の精神にある宗教とは、同じ?違う?違うとしたら、それはどう違うのだろう?そして、その違いはなぜ、生まれたの?裕福になって人が簡単に死ななくなったから?それなら、人口爆発中で、子供がバンバン死んでるとエリアの人達においては、当時と同じように、宗教は扱われているのかな?

などなど、全然、実験室と関係ない話ですが・・・。

ということで、また。

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2004.04.25

山川出版 詳説世界史 その2

前日に続き、掲題の件のその2。

今回は、

  第三章 アジアの古代文明
       1.イラン文明
       2.インドの古典文明
       3.東南アジアの諸文明
       4.中国の古典文明

  第四章 内陸アジアの変遷
       1.騎馬民族の活動
       2.オアシス民の活動

  第五章 東アジア世界の形成と発展
       1.北方民族の活動と中国の分裂
       2.東アジア文化圏の形成
       3.中国社会の変化と北方民族の進出
       4.モンゴル民族の発展

ってあたり。

思ったことは、

①違い
やっぱ、違いを体感したいというか、具体的に理解したいかな。例えば、「5世紀のイラン文明ササン朝が、遊牧民エフタルの侵入を受けたが、その後、遊牧民突厥と結んでエフタルを滅ぼした」ってあるけど、同じ遊牧民のエフタルと突厥って何が違う?とか。これも、人種が違うとか民族が違うとか、そーいう理屈的なレベルでなく、もっと直感的な、うーん例えば、当時の人の感覚として、どんな感じだったか?肌の色が違うとか、目の色が違うとか、言葉が違うとか。完全にお互いをエイリアンと思ってたとか。仲の悪い親戚程度なのか。今の日本人と韓国人的な距離感とか。俺みたいな国内系日本人だと、ホント、このあたりがピンと来にくい。。。どーやったらわかるだろ?この辺の時代をテーマにした映画とか見ると解りやすいのだろーか。

②規模
これも、前回と同様、引き続き気になる点。例えば、古代四大文明って、それぞれ人口は何人くらいの規模?とか、でかい中国、例えば、世界で有数の巨大国家の唐で、何人くらい人口?とか、ボロブドゥールを残したシャイレーンドラ朝って、でかいといっても何万人くらいの規模?とか、ま、基本的には人口の規模か。人口については、現在と当時では単純な比較はできないけど、1万人を統治するってのは、今も昔も、そこにある実務的な問題は種類的には同じだろうし、でも方法論的には、インターネットとか印刷とか、それこそ紙もか、そーいうのが無いとより大変だったとは思うけど。

③同じ事の繰り返し
昔、教科書とかを、ザーと読むってことがなかったから、これは今回の発見だけど、今までのところ、10世紀くらいまでって、ホント、同じ事の繰り返しが至るところであったんだなぁって感じた。闘って国作って、周り征服して、統治して、遠征の失敗とか統治の失敗とか政治的腐敗とか、そーいうのをキッカケに、異民族が攻めてきたり反乱がおきたりして、新しい国ができて。。。規模の違いとか細かい状況は異なれど、それがグローバルスタンダードだったんだぁって。だいたい、この頃の征服っていうか、異国を攻めるって、動機は、向こうは食物がいっぱいあるぞ、とか、昔やられたからやり返すぞとか、そういう原始的なというか本能的な動機だったのかな?きっとそうだとは思うけど。いやぁ、悲しいねぇ、ってーか、まぁ、フロンティアが無い限り、発展するためには、誰かのを奪ってまわるのは、仕方ないんだろうけどさ。ビジネスでも、決まったキャパの取り合いって何か好きじゃない。例えば、ビール市場とか。やっぱ、フロンティア系の方が平和だし夢があっていいなぁと思う。理屈はわからんが、米が一杯取れる東の国を攻めるより、今は何もない西を開拓して東よりもっとたくさんの米を作ってやるーみたいな、そーいうのに惹かれる。これも幻想というか宗教か?

④経済(食物)と思想(宗教)
③ともリンクするんだけど、10世紀くらいまでの西アジア~東アジアにかけて、方法論と固有名詞としての政治の話と、宗教の話しが大抵でてくる。ま、政治って社会的に経済を成り立たせる為の方法論だろうから、結局、人間って食物と思想なのかなぁーって。ま、今でも、俺らが考えることって、どーやって精神的に満足しながら食ってくか、って事だから、一緒といえば一緒かも。宗教が生まれる瞬間ってなんだろーね?今までは、人間辛いと何か信じるものが無いと生きていくのが辛すぎるから、必要にせまられて生まれてきたんだろーな、と思ってたけど、具体的にどんな感じなんだろーか。わけのわからんオジサンとかが、有る日、皆聞いてくれ!俺は夕べ神と話しをした!俺を信じてこうすれば幸せになれる!みたいなのが必ずあるのかな?ってーか、宗教で、簡単に実感が得れるものないかな?それぞれの宗教の違いってちょっと知ってみたい。宗教学の基本書ってどんなのがあるんだろー。三日でわかる
宗教学みたいなのないの?

⑤国家とは?統治とは?
これ、言葉の問題だけど、多くの国が生まれて、消えて、って出てくるんだけど、この頃の国家って、何をもって設立したと言うんだろーか?統治って、法治国家でないわけだから、どーやって強制力をもったのかな?暴力か?教科書の癖に、そーいったところ曖昧で困る。

⑥中国の偉大さ
いやぁ、偉大。でかい。雄大。異民族が攻めてきて国作ってるのに、統治とか文化とかは、前の中華系のものを踏襲とかって、普通聞かない。それだけ人が多く、トップダウンで異国のものを持ってきても動かない事が明白だったって事だろーね。あ、もしくは、異民族がそれに憧れていたか。もしあるとしたら、江戸時代の丁髷日本人が、西洋に憧れてて、勢いでヨーロッパを占領したあと、洋服を着てフランス語を話しサロンを作るような感じか。よく、マンガとかで達観してる爺さんとか出てきて言ってるけど、権力者が誰でも、結局、その場所の経済とか文化を求めてる場合、人は滅びないだなぁ、って思った。特に、でかいところは。数はわからないけど、1000万人いる中華を50万人の北方騎馬民族が攻めて統治するようになっても、1000万人を殺しつくしてしまっては、彼らが求めたであろう米作る人いないし、詞を歌う人もいないし、美女もいないし、意味ないもんねぇ。ま、土地は残るけど、それを耕すノウハウもないし、絶対的にあの広大な土地を耕やすには50万人じゃ足りないし。ってーか、皆殺しの闘いになったら、武器に絶対的な差がないと勝てないな。きっと、中国人も知ってたんだろーな。誰が上になっても、俺らは俺らって。あんまり変化がないというか。

どなたか、わたくしの疑問に答えてください。自分で勉強しろ、って話はあるけど。

ということで、また。

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2004.04.24

山川出版 詳説世界史 その1

高校時代、2年生にあがるときに、科目がいくつか選択できた記憶がおぼろげながらありますな。当時は、理科が、物理・化学・生物・地学から2個、社会が、日本史・世界史・地理・現代社会から2個。文系だろーが、理系だろーが、それぞれ2個ずつが選択した上で必修でしたね。

その中で、わたくしの場合は、理科は物理・化学を選びました。当時は既に文系大学に進むつもりだったのだけど、もしかして、理転したいとか将来思ったときに、転じやすいようにとか思って。社会は、迷いなく、日本史・地理だったかと。なぜなら、世界史に出てくるカタガナが、苦手で、読めない・書けない・覚えられなかったから。

なので、最近になって、種種事情により、世界史の教科書を読む羽目になるわけで。何はともあれ、購入しました、山川出版の詳説世界史の教科書を。内容が濃い割りに意外に安く、800円とかだった。

で、読んで思った事。今回は、

      第二章オリエントと地中海世界
         2.ギリシャ世界
         3.ヘレニズム世界
         4.ローマ帝国
         5.キリスト教の成立と発展

ま、高校一年生の頃以来だから、10数年ぶりにこの辺の歴史に関わったというわけど。昔、この辺の授業を受けたときもそうだったけど、ポロポロと疑問点が出てきた。

①規模
例えば、この頃のギリシャ人とかローマ人とかアカイア人とかイオイア人とかあれこれ出てくるけど、それぞれの人種って何人くらいいたの?ま、時期が広いから、時が経つにつれ、何人くらいから何人くらいに増えていったの?ポリスって、どのくらいの人口でどのくらいの面積?ペルシア戦争とか、ペロポネソス戦争とか、この頃の戦争って何人vs何人?世界史の教科書になるくらいだから、大規模な話だろーな、とは思うけど、意外に、数万人とか数千人規模くらい?とすると、GLAYの10万人コンサートは余裕で、世界史の教科書に載るの?

②人種の違い
地中海系とヘレニズム社会は、きっと違うんだろうなぁ、ってのを思うけど、イタリア人とラテン人とエトルリア人とかって何が違うのだろうか?ちなみに、教科書には、「ドーリア人がギリシアに南下した前12世紀ころ、同じインド=ヨーロッパ西方系のイタリア人も、イタリア半島に南下定着した。ローマはイタリア人の一派のラテン人が、半島中部のティベル河畔に建設した王政の小都市国家からおこり、前6世紀末に先住民族のエトルリア人からでた王を追放して、共和政をつくった。」とある。イタリア人は、イタリア半島の外から来たのにイタリア人と呼ばれるのはなぜ?何人くらいで移動してきたの?言葉は違うの?先住民族エトルリア人って?などなど、大阪人と東京人くらいの違い?沖縄人とアイヌ人くらい?

ソクラテスプラトンアリストテレス
文化という小単元で最初にでてきたのが、ギリシア文化だった。やっぱ、この三人の著述は読まないといかんかも。ってーか、紀元前3~4世紀、今から25世紀ほど前の天才達。どーいう状況で、どーやって物事考えてたんだろ?いつも風呂に入って考えたの?大体、そもそも何で考えたんだろーか???考えることへの動機は???さらに、何で、この時代になって、こういった偉人が連続して出現してきたのか?社会が裕福になって無産者が生きていけるようになったから?人口が増えて、そーいう事を考える必要がでてきたから?ってーか、考えてるだけで、生活できたのかな?あ、ソフィストってあるな。職業教師か。民会や法廷での弁論を教えるだって。儲かるの?

などなど・・・。どなたか、疑問多きわたくしめを、お導きください。

ということで、また。

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